(=^・^=)の部屋 写真館

カテゴリ:ひとこと( 27 )

卒業

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おはようございます。
今日は「体育の日」なんですね。
昔は10月10日だったような・・・・・
まあ、ちょっこり 運動に励みましょう。。。。か。。。?

さて、10月4日。

「うん。もう大丈夫だ。傷もしっかり乾いてます。」
先生、嬉しそうに看護師さんにも見せて、同意を求められます。
「ネ。」「そうですね。」
わたしも にこにこ、満面の笑み。

「これで、今回の盲腸関係の治療はすべて終わりました。
 消化器関連の外科のことで、なにかあったら、またきてください。」

外来の看護師さんが、
「ウチの病院にもリハビリ科があるのに・・・・
 淋しくなります。」
と、はなむけの言葉をかけてくださいます。

そのときは 私も 嬉しいばかりだったのですが。
あとになって、「右近ロス」
あんな場面、こんな場面、先生のお人柄をしのばせるいろんな絵が思い浮かべられて。
でも、これらは わたしの大切な宝物。
胸にしまっておきます。

今回の「事件」で、わたしの人生観とでもいうべきものが大転換しました。

2度目の入院のとき、あまりに辛くて、このままここから出られないんじゃないか、という気がしました。
え?わたし ここでジ・エンド?
そりゃあ いつ死んでもいいわい。こんな壊れた脳みそを抱えて長生きはリスクだわい。
せめて70まででイイわい。
本当に、そう思っていました。
今風の言葉でいうと、「セルフ・ネグレクト」
でも いざ、え?ここで?という段になると 寂寥感がつのります。
わたしの周りには こころをゆるしたひとがいない。
自分で自分の周りに固いバリアを張って、そのバリアで自分を守って生きてきた。

なにより 一番弱っているときの自分を誰にも見られたくなかった。

まあ、こういう固いバリアを張るまでには また いろんな物語があるのですが
そこは さらりと割愛して、
要するに「自己不信」なんですねぇ。

右近先生の治療は、本来 神経科のドクター等々がなすべき仕事を してくださったような
気がしています。
わたしの まるごとを 受け入れ、寄り添い、治癒してくださったような気がしています。

ここが わたしの「踏ん張りどころ」
医療者にとって、患者が自分の手を離れるときが 一番 嬉しいのに違いありません。

ここに、こんな すばらしいドクターがいらっしゃるんだ、ということをハリにして
「自立」しなければなりません。
ちょいと この段を書いていても(T-T) ウルウル

もちろん、なにかあったら、たとえセカンドオピニオンでも、「右近せんせ~~~い」と
走っていきますし、周囲にも、ばりばりクチコミしてます。(笑)

これで、いちおう、「主治医」の項はしめさせていただきますね。

長期間のご愛読、感謝、感謝であります。

特に、SNSとはいえど、禁煙の森卒業者の仲間たち、しっかり読んでくださって
ありがとうございます。    深く礼。


                        ねこ




by nekonoheyah | 2018-10-08 06:45 | ひとこと | Trackback | Comments(12)

翌週の診察(内科)にて

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おはようございます。
台風25号は 猛烈な風台風でした。
写真の子たちが あんまり ぐるんぐるんなぶられるので、┗( ̄□ ̄||)┛お、おもい。。。腰を上げて
室内へ いれてやりましたよ。(笑)
みなさまのところは、大丈夫だったでしょうか?


さて、採血後の内科の診察です。
結果をうかがうのですが、もう わたしは晴れ渡っておりますから、にっこにこ。
あれ?
なんだか 今回は ドクターがやけに おとなしい。
じぃっとパソコン画面をにらみつけ(失礼) やおら かたかたとカルテを印刷。
この数値がこうでああで、やっぱり 過去に慢性肝炎にかかっておる。
こちらの数値がこうでああで、今は 自分に悪さをするようなコトはない。

息子を産んだあと、発症したとき、どんな検査をしたのか 詳しくききたがります。
横文字でしゃらしゃらと お尋ねになるのですが、シロートにはわかりゃしません。

もう、 すでに わたしの頭は「お花畑」(うれしくて)
肝生検、という言葉も出てこなくて、あのー、えーっと、こう腹にぐさっと突き刺して
う~~~~、ヤラレタというような。
それでも あの イラチのドクター怒りもせず、ふぅむと考え込んでいらっしゃいます。

「栗村先生のステロイド離脱療法が効いた、ということでしょうか?」
「・・・・わしも 若いころは よう やりょうったがのぅ・・・・」...( = =) トオイメ

(*゜・゜)ンッ?
それって、この療法では効果がないから されなくなったのか
B肝に効く薬剤が開発されたから やらなくなったのか
伺ってみれば良かった、と、あとになって思いましたが。
もしかして、わたしは レアなケースだったのかも知れません。

「この紙で、国に50万の訴訟を起こすか、じゃが」
「この紙いちまいの方が、50万より価値があります。」
「ほーじゃろーのー」

あとになって、チト惜しかったかな?とも ちらっと思いましたが、もう これ以上
過去に縛られたくない、前を向いて歩きたい という 思いの方が強かったです。

さて、これでB肝の件はかたづきました。
つぎは慢性腰痛に、右足のしびれです。

右近先生~~~~~~。

これまでの経緯をきいた先生の顔つきがシャリンと引き締まります。
「診察して、検査して、診断名がついたとしても 何も療法がしめされていないのは
 僕には納得いきません。」
その場で 整形外科の予約をとってくださり、即、MRI行きです。
案内してくださる看護師さんに、
「この病院は待たせませんねぇ。」と、感心すると
「時間帯にもよるんですよ。今日はたまたまです。」笑いながらおっしゃいます。

30分ほど、がーんごーんの中に入って、でてくると
また 診察室へ。
右近先生が できたばかりの画像に見入っていらっしゃいました。
「う~~~ん。ここにちょっと、でもS字カーブは正常ですし。。。。」
なんにしろ、右近先生に「ねこさん、コレは!」と言われなかっただけで
もう わたしは 大船に乗った気で 安心安心。

もちろん 整形も真面目に受診いたしました。

やはり、いますぐどうこうという悪いものではなさそうです。
「では 運動療法でなんとかします。」
「ウチの病院にリハビリ科がありますよ。」
「・・・・自宅の近くの病院で そういうことをやっているところがありますから・・・・」

ねこ、こころの声。
リハビリ科に通っても、右近先生には会えないじゃん。

と、いうことで、紹介状とCDを焼いたものをいただきました。あれ?DVD?よーわから(*゜・゜)ンッ?


盲腸の傷口も順調にふさがっていきます。
それは とても 嬉しいのですが、、、、、
次回「卒業」に バトンタッチ。

                         ねこ



by nekonoheyah | 2018-10-07 06:13 | ひとこと | Trackback | Comments(4)

本日休業💛

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今週は、レッスンが始まって 集中したり、おしゃべりしたりしたせいか
やけに くたびれてしまいました。

本日休業いたします。ペコリ。


ねこ



by nekonoheyah | 2018-10-06 07:38 | ひとこと | Trackback | Comments(2)

右近先生、実は・・・・

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おはようございます。
やっと、長いタイムトンネルを抜け、ハナシが現在に戻ってきました。(笑)

そういうわけで、自分は いつかは「B型肝炎」の抗原抗体検査を受けなければ・・・と思っておりましたが
どこへ行ったらよいものやら あぐねておりました。
パチャパチャと検索してみましたら、 な、な、なんと 現在かかっている野村病院がヒット!
そこで、右近先生から、そちらの先生に、予約をとっていただけないかしら?と
ご相談申し上げたわけです。

いままで 書いてきたことどもの、さわりの部分をお話ししたのですが、
それでも、やはり、こぶしを握り締めても 涙があふれ、言葉がなかなかでてきません。

外来の看護師さんが、そっと席を外され、カーテンを閉められるのがわかります。

右近先生は消火器系の外科のドクター。
そんなの僕に言われても・・・・の お立場ですのに
じっくりと お付き合い くださいました。

そうして、肝臓のことに詳しい先生の予約をとってくださいました。
が。
その折、貴重なアドヴァイスをくださいました。

「あの先生は・・・・ちょっと・・・・変わっていて・・・・
 僕のように 女性のナイーブな気持ちを受け止めて、言葉を選ぶということをしてんない。
 ですから、今 話されたことを 年代別に簡潔にまとめられて、お話しされるほうが
 いいと思いますよ。」

そこで 初めて確信しました。
ああ、この先生は 生来の気質のみで こういう言葉や態度をとっておられるのではナイのだ。
ご自分で かなり 努力して そういうものを習得なさったのだ、と。

わたしの 右近先生ファン度は またまた 高まります。

先生のお話しがおかしくて、泣き笑いです。
「ああ、学究肌、ということですね」
「う~~~~~~ん。(良く解釈したら) そうとも 言えます。」

簡潔な表は西暦で書いた方がいい、その時のわたしの年齢も記述、等々、
こういう風にしたほうがいいですよ、という お言葉の裏に
その方が あなたが 傷付かずにすみますよ・・・という ご配慮を感じました。


ちょっと長くなりますが、内科のドクターを受診したときのことを少々。。。

「はじめまして。ねこ、と申します」
「あーん。右近先生から聞いとるが、肝炎訴訟をしようおもうとるんじゃの。」
「(笑)わあ、そんなことまで お耳にはいっていましたか」

多分、右近先生のアドヴァイスがなかったら、この時点で回れ右をしていたと思います。(笑)

わたしが書いていた表を読み上げるのに、ちょいと たどたどしくなると
ばばっと 取り上げて、ご自分で目視。言葉で確認作業。
本当に、こういうことが あったのか、 
本当に、慢性肝炎と診断されたのか、
結論。
「慢性肝炎の持続的感染があったなら、あんた、いまごろ生きちゃおりません。」

いや、わたくし 破顔一笑です。
なにも心配することはない、と言われたのと同じですから。

でもまあ、血液検査だけは受けて帰宅しました。

翌日が右近先生の診察でした。
「どうでしたか?」と 心配してくださいます。
わたし、にこにこ笑いながら
「あんた いまごろ生きちゃおりません。といわれました。」
右近先生も外来の看護師さんも どはっと笑われます。
それは、いかにもあの先生の言いそうな。。。という あたたかな笑いでした。


さてさて一週間後、検査結果がでたのですが、その時の様子はまた明日に。。。。

ねぇ?ちゃんと右近先生につながったでしょう?

                             ねこ


by nekonoheyah | 2018-10-05 06:35 | ひとこと | Trackback | Comments(5)

B型肝炎の呪い 4

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おはようございます。
なんで、こんなハナシのタグが「主治医」なの?って
不審におもわれる方も多々いらっしゃるでしょうね。
もうしばらく お付き合いいただくと、全容がおわかりいただけることと思います。(o_ _)o))


さて、今回の入院はやく半年の長きにわたりました。
つれあいは 週一 幼子を連れて、わたしの洗濯物をとりにやってきてくれます。
その姿はだんだん病棟中の評判になっていったようです。

B型肝炎の恐ろしさが知れるようになると、働き盛りの殿方で発症してしまったひとなど
「うちの かーちゃん、離婚するゆうて。実家に帰るゆうんで。」
そういう会話を漏れ聞いた隣のベッドのご婦人が
「ねこさん、あの人 この茶碗でお茶飲んでいったけど、大丈夫じゃろうか。うつらんじゃろうか。」

ふぅ~~~~・・・・ため息・・・・・・。

医療事故、あるいは針刺し事故、という言葉を耳にされたことはありますか?
医療者が誤って、患者に使った注射針を自分に刺してしまって、感染してしまう。。。という。。。。

まことに 申し訳なく、肩身の狭いことでした。
後年、エイズ報道が盛んになったころ、「エイズより怖いB型肝炎」という見出しが週刊誌に踊ったこともあり
「もぅ~~~~、やめてよぉ~~~」

これも もう 鬼籍に入られているドクターでしょうから、実名をだしますと
当時、国立呉病院にいらした 栗村先生が、おそらく みかねたのでしょうね。
「ねこさん、実験的ながら、こういう方法があります。」
ステロイド離脱療法といって、多量のステロイドを注入。一気に切って、ウィルスをやっつけてしまおう、という。

もちろん、副作用はありますし、効果のほどは「やってみなければわからない」

すがりました。

事前に注意を受けてはいましたが、食欲増加 ハンパなかったです。
顔は真ん丸 ムーンフェイス。
それでも たいした副作用もなく、薬効もなく、
毎日毎日、でかい点滴をうけ、週一の血液検査結果に 一喜一憂する日々が続きました。

それでも 人間って、環境に順応するものなのですね。
あんなに 一日、一週間が長かったのに、だんだん 日にちの過ぎるのが早くなって
イライラしたり、悲しんだりすることも減り、
男性陣の部屋にオセロをしに、遊びにいったりしてましたら、
そういうのが、よかったのでしょうか。
「ねこさん。退院してもイイですよ。」

あら~~~!

その時、単に 数値が正常化しただけなのか、ちゃんと抗体ができていたのか
知識のなかったわたしは お尋ねもしませんでした。

ですから、「自分の血は汚い。医療者には必ず伝えなければ。」と思い込んでおりましたので
新しい病院にかかるのが、かなり こころの負担でした。

とうとう、そうも言っておれなくなりました。
歯医者さんにかかる緊急の用ができたのです。(笑)
そのころは つれあいの転勤で、別の街におりましたが、
わたしのハナシをじっと聞いてくださった 歯医者さんが
「ねこさん。ご不快でしょうが、こういう風にさせてください」と
医療機器すべてにラップをかけまわし、わたしの治療を受け入れてくださいました。
断られても仕方ない、と 思っていたわたしは その歯医者の先生のお心遣いに
深く 感銘を受けました。
そのときは たまたま ご近所の方の「クチコミ」で 飛び込んだのですが、
後年、「予防歯科」を実践していらっしゃる、広島県の優秀な歯医者年鑑に載っている先生でした。
いまでも ひそかに 「お父さん先生」と呼んで慕っています。
もう、30年以上のお付き合いです。(笑)

深夜、ナースステーションで 独り、なにかの資料を読みふけっていらっしゃる栗村先生のお姿。
なんだか、懐かしくて、うれしくて、コンコンと窓をたたいて
ニコっとし合い、病室に戻っていったのも ありありと覚えています。

ハナシがあっちへ行き、こっちへ行きしてますねぇ。
次回は 一気に 「右近先生」に話がいきますから、お楽しみに。
なんちて。(笑)


                           ねこ





by nekonoheyah | 2018-10-04 06:55 | ひとこと | Trackback | Comments(4)

B型肝炎の呪い 3













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おはようございます。
身をよじるようなこの薔薇。当時のわたしの心象をあらわしております。


さて、息子が1歳半のころ、めでたく 二人目を妊娠しました。
なかなか子供にめぐまれなかったので(健康な男女が避妊をしないで 1年間妊娠しない場合
それは、不妊と言うのだ、と むかしむかし とある産婦人科医に教わって ひぃえ~、と
(@_@)いたしておりましたから)まさか、ふたりも授かるなんてと 嬉しいばかりです。

ところが ほどなく、しんどくてしんどくて たまらなくなりました。
内科医を訪ねると、気の毒そうに、当時住んでいた呉の国立病院に(現呉総合病院)に
入院するよう、言われました。
え?
肝臓の数値がまたまた 悪化。
このままでは母子ともに危ない、という おみたてでした。

帰宅して、大泣きしました。
家のこと、息子のこと、夫のこと
なにより、いままで築いてきた自分のキャリア(そんな御大層なものじゃなかったと いまになっては噴飯ものですが)
まるで、四方八方のドアがバタンバタンと閉ざされていく映像が くっきりと頭に浮かびました。

保育ママさんと つれあいが タッグを組んでくださり
つれあいは 出勤時ママさんに預け「僕は6時のシンデレラ~~♪」とか言いながら退勤。
息子を受け取り家事と育児を引き受けて頑張ってくれました。

つれあいは 重度重複障がい児の肝っ玉母さんから、
「センセ、あんたががんばらんといけんよ。ここで 姑さんなんか頼ったら 嫁さんが一生あんたの親に
頭が 上がらんようになるよ」と
はっぱをかけられたのだそうです。

入院して、ほどなく。
産婦人科に呼ばれました。
堕胎の日取りを告げられ、驚愕しました。
わたしは この子を助けたいために入院したのに、、、、なんで・・・。
しかも、母体の安全のために 麻酔ナシなのですって。
あら、怖い、悲しい。怖い、悲しい。

その時、手術してくださったドクターは 産婦人科でも部長先生クラスの方のようでした。
手術中、いつも 穏やかに声をかけてくださり
今、こういうことをしていますからね。
ちょっと ひっぱる感じがしますよ。
だいじょうぶですか?
もうすぐ 終わりますからね。

ドクターの声音、穏やかな説明に、恐怖心は薄らぎ、身体のちからを抜くことができました。

ほどなく知ったことですが その先生は末期がんを患っておられて
ご本人が とても お辛い身体なのに、わたしの手術をしてくださったらしく。

とっくに鬼籍に入っておられることでしょう。
お名前も存じ上げなくて。
でも 先生の声音、患者をいたわる手技は しっかりと覚えております。

追記。こどもは11週の男の子でした。

                合掌

                本日はここまでです。

                右近先生が出てこんじゃないか!
                い~~え、このあたりは まだまだ
                前哨戦ですから。(笑)


                             ねこ



by nekonoheyah | 2018-10-03 07:17 | ひとこと | Trackback | Comments(4)

B型肝炎の呪い 2

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おはようございます。昨日から、ささやかながら「仕事」を再開いたしました。
生徒さんから、「快気祝い」のお花をいただき、(T-T) ウルウル。
しばらくは この子に モデルさんになってもらいましょう。(笑)

さて、続きです。

ほどなく、黄疸がでて、(私にね)急性肝炎発症。息子がいた病院に即入院!です。
かなり 数値が悪かったようで、トイレに一番近いナースステーションそばの病室をあてがわれました。

当時は、肝炎には「とにかく安静」しか なかった、といってもいいでしょうか。

息子は両親が面倒をみてくれて、つれあいは週一でけっこうな距離を走って
ひと晩、こどもの面倒をみて また とんぼ返り。

キャリアが出産で発症するのは珍しい、と、ここでも珍獣扱い?
いいえ、産まれたばかりの こどもがいるのに、早く家に帰してやりたい、と
まだ お若い先生が 頑張ってくださいました。

あるとき わたしの肝臓がどうなっているのか、生検をさせてほしいというハナシが持ち上がりました。
ちょっと皮膚に部分麻酔して、なにやら ぶすっと刺す、という。
あたるも八卦、あたらぬも八卦という、まことに原始的なものでした。(笑)

幸い、当たりまして、肝臓がどうなっているか見ることができました。
わたしも写真かなにかで確認した記憶があるのですが、
真っ赤なレバー状のものに、しろっぽい網のようなものがかかっていて、
肝臓自体がちょっと腫れていて
あ~ これが 肝硬変か、と思ったのを覚えています。

当時は とにかく 数値を下げて、帰宅したい、その一心でした。
今ほどネットが発達していたわけでもなく、わたしの知識もいい加減なものでした。

2か月ほどもかかったでしょうか。
ようやく 数値がさがり、退院することができました。
やれ嬉しや。

思えば、当時 息子を育ててくれた母は60前。
歳をひろってからの手習いで、琴・三弦の師範となり、超多忙な日々を送っておりました。

そんな中で、よくまあ乳児を育ててくれたものと、今 振り返ってみれば
自分には感謝が足りなかったなぁ・・・とつくづく思います。

幸い、母は超のつくほどのこども好き。
定年退職したばかりの父も、初めての男の孫、ということで
それなりに 嬉しかったようで。

ほどなく、実家を離れ、つれあいと息子、私の 生活が始まります。
仕事は やめるわけにはいきません。
休職しても ある期間は 現役のころの70%の収入は保証されておりましたが、
復帰しないと、それは 返却というペナルティがあったのです。

それに、自分自身も、
高い教育費をかけてくれた両親のためにも
自分自身の自立のためにも
仕事を手放すという選択は 考えられませんでした。

息子は 三か月で、近所の保育ママに預けることになりました。
これは妊娠がわかった時から お願いしてありました。

まだまだ休息の必要な身体に、この保育ママの存在は実にありがたかったです。

        続く

                              ねこ






by nekonoheyah | 2018-10-02 06:15 | ひとこと | Trackback | Comments(4)

B型肝炎の呪い 1

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おはようございます。
さっき、さっきの「いまそら」です。
台風一過。(こちらは)
真っ最中の方。
これから来るよの方。
どうぞ、ご安全に。


さて、通院もだんだんと落ち着いてきました。
ある時、先生がちょっと お暇そうな雰囲気のとき、「実は・・・」とお話しを聞いていただきました。

詳細は割愛いたします。
骨子のところだけを。
って、読み返してみたら、ぜ~~んぶ書いとるやん。(笑)

わたしは第一子を妊娠した時、自分がB型肝炎キャリアであると 判明しました。
子どものころから虚弱で、母親なぞ、
「お母さん、ヒロシマにいたことはありませんか?」と大きな病院の医師に尋ねられたそうです。
全身麻酔で骨髄検査をうけたこともあります。
それでも 原因はわかりませんでした。

B型肝炎は主に母子感染します。
あるいは、集団予防接種の針の使いまわしで感染します。
わたしは後者の方でした。

8月、第一回目の退院を果たしたころ、わたしは「集団訴訟」の末席に連なることを考え始めていました。

通常、ヒトの血液はRH+か RH-なのですが、RHDと記されていたのを見て
ぶっとんだのです。
あ~~~、わたしはまだ、持続的に慢性肝炎に感染していたのか!?
ものすごいショックでした。
ここ何年も、肝臓の数値はバリバリに良かっただけに。。。。

ハナシを元に戻して。
産院で、キャリアだと分かった瞬間、その場にいた医師も看護師も凍り付き
汚物でもみるかのように いっせいに私を見返りました。
その瞬間が 今でも 脳裏を離れません。
努力さえすれば、なんでもできる、と 信じ切っていた甘ちゃんの自分が
どーん!と「差別される側」に 突き落とされた瞬間でした。

つれあいは 賢いひとで、キャリアがどういう状況のものなのか
わたしよも 熟知しているようでした。
そして、ばばっと わたしと胎児をかばう態勢をとってくれました。
母子感染を防ぐワクチンが 当時 治験で始まったばかりでした。
彼の親戚筋の医者さんが、「危険だから、やめとけ」と電話をかけてきたようでしたが
ガンとして揺らぎません。

わたしは 幸い、里帰り出産で子供を取り上げていただきましたが
産声をきいただけで、見ることも 触ることもできず、即、ワクチン接種のため
おおきな病院に搬送されてゆきました。
このとき、つれあいが連れて行ってくれたのか、よく覚えていません。

ともかく、その当時はいろんなことがワッチャワッチャと起こりまして。
記憶の中の時間関係が乱れまくっております。

場面・場面がフラッシュバックのように それぞれが「絵」になって残っています。

早く、消えてしまえばいいのに。

一週間後、つれあいが 保育室の中にいる息子を見せに 連れて行ってくれました。
でも、わたしには どの子が我が子か わかりませんでした。
今でも、この事実が 深い傷になっています。
TVなどで、産まれたばかりの子を 胸に抱き、いとおしそうにしているお母さんをみると
羨ましくてなりません。

もちろん、わたしの乳を与えることはできません。
せめて初乳は与えたかったのですが 搾乳して病院にもっていっても
受け取ってはいただけましたが、きっと 破棄されていたことでしょう。
理屈はよっくわかっているのです。
とにかく わたしは B型肝炎の保菌者ですから、母乳もダメ。
口移しにものを与えることもダメ。

なんの因果か母乳はホルスタイン並みによくでました。
実家の6畳間に新聞紙を敷き詰め、ピューピュー飛ばしながら気持ちよく搾乳してましたよ。(笑)


ほどなく、我が子が病院から戻ってきました。
添い寝しながら、赤ん坊の寝息を聞いていると、気道が狭いのか ひゅーひゅーぺたん、と音がします。
「この子を死なせてなるものか」
腹の底から そう思いました。
そして、眠れなくなりました。

              しばらくは このB型肝炎の呪いが続きます。
              ディープなはなしですので、お嫌なかたは
              どうぞ スルーなさってください。
              (*- -)(*_ _)ペコリ


                             ねこ




by nekonoheyah | 2018-10-01 07:09 | ひとこと | Trackback | Comments(4)

噂の肌に優しい医療用テープ

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おはようございます。ツユクサの縦版を出してみました。手持ちの画像がまだまだ・・・で。(*- -)(*_ _)ペコリ

さて、例のさらに「肌に優しい」という、試供品から、製品版を買いまして
通院時 もっていきました。
防水パッチと ガーゼだけでこのテープを貼るのとを交互にしていただき、
一日おきにシャワーをあびることができるようにお願いしました。
このあたりから、もー、だんだん図々しくなります。(笑)

外来の看護師さんが、どなたも新鮮に驚かれます。
「まー。このテープ、手で切れる」
「これ、初めてみますね。」
「どこから 出てるんでしょう。」
「ウチの病院でも買ってくれないかナァ・・・」

右近先生 いわく、「10人にひとりくらい、外科の手術をした患者で
 あなたのように、医療用テープがつらいひとがいるんです。」
と、だんだん興味を示されます。

ならば、せめてものお礼にその会社等々を調べていこうとしましたら、
ウチの賢すぎる総合プリンターが まあた へそを曲げました。(笑)
もー、Wi-Fiって わからん!

なんとか しぶしぶ 取説を取り出して、再起動から再設定。
ようやく使えるようになりました。あーくたびれた。

テープの包装に書いてあるhttpを検索しても 「ノットファウンド」えーごで書けない自分が悲しい。
「肌に優しい医療用テープ」「mmm」で検索すると ヒットしました。
どうやら アメリカが本社の会社らしいです。もちろん、日本支社もあります。

プリントアウトしたものを持っていきますと、看護師さんがとっても喜んでくださいました。

「あれから、検索したんですけど、でてこなかったんですよぉ。
こういうのに詳しい事務方に 探しておいて、って 頼んでいたんです」

もう、あんなこと こんなことを 繰り返しているうちに 外来=ガーゼ交換=右近先生の患者=ねこ
ちょっぴり 有名人になっちゃったみたいで、どのかたも にこにこと迎えてくださいます。

傷の方も、こちょこちょやっても、何もでてきませんし、
どんどんふさがってくる様子です。

あるとき、先生に時間に余裕がありそうなとき、自分が長年抱えてきた悩みを打ち明けました。
次回「B肝の呪い」に続きます。

あら、まーだ 引っ張るのね。(笑)


          みなさまのところ、風雨はいかがでしょうか?
          この進路、なんだか いやぁな感じですね。
          近畿・東海のみなさま じゅうぶんお気をつけて。
          いま、背中でTVが言ってます。
          「高潮。伊勢湾台風並み」
          ちょっと、おどかさないでよ。


                            ねこ





by nekonoheyah | 2018-09-30 06:17 | ひとこと | Trackback | Comments(4)

僕が診ます

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おはようございます。またきてますね。ヤツが。台風24号。
農家の方々が 実った果実を早々に収穫されているのをみると、胸が痛みます。

今朝の写真は ひさびさのイチガンで撮りました。
折り畳み椅子を持参して、やっこらせ、と すぐご近所で撮ったものです。

やっぱり、カンが鈍っています。


さて、ハナシを続けます。
9月12日に 右近先生のもとに駆け込んでから 連日の通院が始まりました。
ガーゼがかなり汚れているのがわかります。
こちょこちょ。。。。
「いやぁ、手術した時の糸は自然に体の中で溶けていくのですが、たまに 残ってしまう
ひとがいてるんですよ。その結び目に、もしかして、悪いものがくっついて 今回の悪さを
おこしたのじゃないか、と、結び目がでてこないか 探っているんです。」
こちょこちょ。。。。

先生の説明の仕方がおかしくて、腹を波打たせて笑ってしまいました。

こういう こちょこちょと、生理的食塩水での流し洗いを ひとくくりに
「ガーゼ交換」と呼ぶのだそうです。

右近先生の外来時間でナイにもかかわらず、
「いえ、僕 いつも そのへんをうろうろしてますから。」
土曜日・日曜日・月曜日の祝日と続きます。

「日曜、祝日は受け付けは閉まっていますが、言ってくれれば大丈夫です。
 当直の先生はいますが、内科の先生なので、僕が診ます」

ひぃえ~~~~っ!!

思わず「先生にはお休みがあるのですか?」
にこっと笑って「ちゃんと休む時には休んでますよ。家族サービスもしてますよ。」
一緒にいらした看護師さんが 可笑しそうに笑っていらしたので、
ああ、このドクターはどんな患者さんにも こういう態度で接しておられるのだな、とわかります。

わたしの「右近先生ファン度」は ますます高まるのでありました。

いまでこそ、こんなに軽快な文章に変換できておりますが、
当時は ほんとに 疲れやすく、
慣れない運転。横入りしているのだから、予約時間前には着いておかなくちゃ、というプレッシャー。
夜も おちおち眠れませんでした。
帰宅すると どど~~っと疲れがでて、漏れるのは「あ~~、疲れた」という
ため息のような つぶやきです。
自分の耳でソレを聴いて、ギョッとすることもしばしばでした。

ドレーンの抜けた穴は鉛筆いっぽんくらい。
順調にふさがっていたソレが一度ならず二度までも開き、
腹に穴が開いている、ということは こんなにも ちからが入らないことなのか、と
おばかな私にも よくよく わかりました。
もう、へろへろ~~~~・・・・
マッサージチェアがお友達。
ただ、嬉しいことに、強制ダイエットのおかげで15~6年前発表会などで着ていた服が入るようになり
しゃなりしゃなりと お洒落して 通院しておりました。

のほほほほ・・・・・(笑)


     次回は「噂の肌に優しい医療用テープ」です。
     こんな非常時に読んでくださる方、おられるのでしょうか。
     ちょっと 虚しかったりして。。。。。

                               ねこ





by nekonoheyah | 2018-09-29 06:47 | ひとこと | Trackback | Comments(12)